「越年」(岡本かの子)

男女の意思の疎通はかくも難しいものなのか

「越年」(岡本かの子)
(「老妓抄」)新潮文庫

「越年」(岡本かの子)
(「岡本かの子全集第5巻」)ちくま文庫

「越年」(岡本かの子)
(「女体についての八篇 晩菊」)
 中公文庫

ある年末、女性社員の加奈江は、
同僚の男性社員・堂島から
突然頬を撲られる。
怒りを覚えた彼女は、
翌日上司にこの一件を報告する。
が、なんと堂島は
昨日すでに退職したという。
彼女は同僚の朋子とともに、
堂島の捜索をはじめる…。

男が女を撲る。
それも何の理由も告げず。
職場で、白昼堂々と。
野蛮です。
でも加奈江は泣き寝入りしません。
加奈江は銀座の街に
堂島が出入りしていることを聞き出し、
なんと十数日間通い詰め、
見事に彼を見つけ出すことに
成功します。
そして彼を撲り返すのですが、
肝心の理由については
聞き出せませんでした。
その後、
加奈江宛に届いた堂島の手紙には、
その理由がしたためられていたのです。

その理由とは…、
一言で言えば「自分の恋心を
どう伝えていいかわからず」に
撲ったのです。
今の会社に見切りをつけて
転職するのはいいが、
自分の気持ちを打ち明けられず、
かといって
このまま忘れ去られるのも忍びなく、
ならいっそ…というわけなのです。

結果的には成功しています。加奈江は
撲った堂島のことが忘れられず、
彼を幾日も探し求めたのですから。
手紙を読み終えた後も、加奈江には
「彼の手、自分の手で夢中になって
 お互いを叩きあった堂島と、
 このまま別れてしまうのは少し
 無慙な思いがあった」
のですから。

思いを伝えられないからたたく、
それでは小学生並みではないか、
という風に解釈してはいけません。
本作品は昭和十四年発表。
時代背景はおそらくそれより
やや早い大正期だと思われます。
成果を求めての積極的な転職など、
現代であれば珍しくないことですが、
当時であれば
かなり画期的と思われます。
先進的な考えと
価値観を持った男・堂島。
そんな彼でさえ、女性との
接し方がわからなかったのです。
もしかしたら、この頃を機に、男女は
すれ違い始めたのかもしれません。
大正デモクラシーで、
民衆には自由な雰囲気が
漂っていた時代なはずです。
それでも男女の意思の疎通は
かくも難しいものだったのでしょう。

岡本かの子には、
新しい価値観に裏打ちされた人物が
登場する作品が多いと感じます。
本作品も、発表当時はおそらく
センセーショナルだったのでしょう。

まあ現代なら、
なまじっか草食男子が
肉食女子を殴ったら、
即座にそれ以上の反撃を
食らうのでしょうが。

(2021.12.24)

Engin AkyurtによるPixabayからの画像
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【青空文庫】
「越年」(岡本かの子)

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